2002年2月25日  愛知県芸術劇場大ホール


 どれだけこの日を待ち望んだことか。
 99年の来日は東京と大阪だけでしか公演がなかった。当時イベントの仕事が忙しかったこともあって観に行けずじまい。とても悔しかった。
 今までのブライアンの行動パターンから考えて、このツアーは一時的な気まぐれだと思った。今は元気に見えても、すぐまた隠遁生活に入ってしまうに違いない。もう二度とブライアンを生で観ることなどありえないだろう。
 しかし、しかしである。いつになくブライアンは精力的であった。日本公演の後もアメリカ国内やヨーロッパでツアーを続けているというではないか。飛行機恐怖症でツアー嫌いのあのブライアンが。ビーチ・ボーイズ時代のごく初期を除けばこんなことは初めてだ。いったいどうしてしまったんだろう…。

 そして再びブライアンは日本にやってくることになった。今度は名古屋公演もあるという。しかも今回はあの名作「ペット・サウンズ」を全曲演奏するというではないか。ソッコーでチケットを手に入れた。公演日は2001年9月22日。わくわくしてその日を待った。ちょうどその頃、ロキシー・シアターでの演奏を収めたライヴ・アルバムを手に入れたが、聴かずに我慢した。事前勉強しすぎて感動が薄れるのがいやだったから。

 ところが9月11日、ニューヨークで同時多発テロが発生。アメリカ国内の全空港は封鎖され、テロの続発も危惧される状況。来られるのかブライアン?やきもきして待つ。中止か?延期か?それとも予定どおりか?結果は…延期であった。新しい公演日は2002年2月25日。5ヶ月も先か…。対テロ戦争は長期化するかも、という観測が流れ、不安になる。今度こそ延期とか中止とかになりませんように…。

 そんな思いでこの日を待っていたのである。結局ライヴ・アルバムも5ヶ月間聴かずに我慢した。初日の東京国際フォーラム公演を観た後輩けーむら君からは「Heroes & Villainsがむちゃくちゃかっこよかったです。感動です。うぇーん!」というメールが届いた。ますます期待は高まる。大事をとって公演日は有給休暇をとることした。
 
 当日は午後6時頃に会場に到着。入り口の前には既に行列ができている。客層は幅広い。髪の毛つんつんにたてた20代の男の子から、孫がいそうな60代の男性まで。40代くらい(と思われる)カップルも多い。
 開場は6時半。グッズ販売所はあっという間に長蛇の列だ。コンサートプログラムは2500円かあ。高いなあ。買おうかな、でも並ぶのめんどくさいし…。てなこと考えているうちに開演時間を知らせるベルが鳴った。
 僕の席は1階10列35番。まんなかより少し右寄りではあるものの、ステージに近いし、かなりいい席だ。

 午後7時、バンドメンバーとともにあっさりとブライアンは登場した。観客に手を振り、ステージ中央のキーボードの前に座る。向かって右側にはビヤ樽のようなジェフリー・フォスケット、左側のキーボードの前にはスリムなダリアン・サハナジャ(ワンダーミンツ)。他のメンバーもそれぞれの位置につく。
 カウントに続いて、歌詞の中にブライアン自身の名前が出てくる耳慣れない曲でスタート。
 あ、そうかこれがベアネイキッド・レディースの「ブライアン・ウイルソン」って曲だな。でもレコード・コレクターズ誌には、「メント・フォー・ユー」〜「フレンズ」のメドレーで始まると書いてあったのに…。と思っている間に曲は変わりヴィブラフォンのイントロが…。こ、これは「ティル・アイ・ダイ」だ!しかも「エンドレス・ハーモニー」に収録されてたヴァージョンと同じアレンジだよ!
 ブライアンが歌い出す。「僕は大海原に浮かぶコルク/荒れ狂う海に漂っている/この海はどれだけ深いのか?/この海はどれだけ深いのか?」
 あ、いかん、もう涙が出てきたよ。まだ2曲目なのに…。すごいよ。感動だよ。
 
 3曲目は一転してアップテンポな「ダンス・ダンス・ダンス」。これもいいぞ。バックバンドの実力がよくわかる演奏だ。
 続けて「イン・マイ・ルーム」、「カリフォルニア・ガールズ」、「ウォームス・オブ・ザ・サン」と60年代の名曲の固め打ち。
 ブライアンの声に昔の輝きはないけれど、丁寧に歌っているし、声もちゃんと出ている。高いパートはさすがに苦しそうだが、ジェフリー・フォスケットが見事にフォロー。彼の声は往年のブライアンの声にそっくりだ。ジェフリーに限らず、バンドメンバーの織りなすコーラス・ハーモニーは完璧。ひょっとしたらビーチ・ボーイズよりいいんじゃないだろうか。
 
 次は90年代の曲「ユア・イマジネーション」。この曲に限らず、ブライアンは歌詞にあわせてボディ・ランゲージを駆使しながら歌う。言葉の違うわれわれ日本人に対する気配りだろうか?
 そして「弟のデニスが作った曲だ」というブライアンのMC。
 あ、あ、これは「フォーエヴァー」じゃないか。ブライアンがこの曲を歌ったのは初めて聴いたよ。またまた涙がじわーっと…。
 
 続いて力強い「セイル・オン・セイラー」、「世界はひとつになれるかもしれない/皆が人生に音楽を加えれば」と歌われる「アド・サム・ミュージック・トゥ・ユア・デイ」、しみじみと美しい「プリーズ・レット・ミー・ワンダー」、こんな曲までやるのか、の「ユーア・ソー・グッド・トゥ・ミー」、これまた美しい「ドント・ウォリー・ベイビー」…。フレンズ・メドレーもちゃんとやったし、けーむら君大絶賛の「アワ・プレイヤー」〜「英雄と悪漢」のスマイル・メドレーも素晴らしかった。ああいいのかこんな贅沢な思いして。
  個人的には「詩をよく味わいながら聴いて欲しい」と言うMCで始まった「サーフズ・アップ」がツボにはまりまくる。カール・ウイルソンが歌ったオリジナル・ヴァージョンもいいけど、ブライアンが歌うこのヴァージョンもいいねえ。またまた涙が…。
 
 そしてこれまた嬉しい「マーセラ」と「恋のリバイバル」で第1部が終了。20分間の休憩に入る。
 いやもうここまでで大満足である。ながらく待っていたとはいえ、これほどいいライヴだとは正直思っていなかった。でもまだ第2部があるんだよね。

 休憩中にロビーに出てみると、グッズ売場はまたまた長蛇の列。とても並ぶ気になれません。
 なんだかでかい声でしゃべってる人が喫煙コーナーにいるなあと思ったら、萩原健太氏(音楽評論家)であった。さすがビーチ・ボーイズ・フリーク。全公演見て回るとご自分のHPに書いておられたのは嘘じゃありませんでした。

 さあ、いよいよ第2部。今回のツアーの目玉といえる「ペット・サウンズ」全曲演奏である。
 ブライアンが自らの才能をつぎこんで作り上げたあのイノセントな名作が、ライヴで、しかもすべてブライアンのヴォーカルで聴けるのだ。
 しかし休憩のおかげで少しクールダウンした僕は、比較的冷静に第2部を見始めた。「素敵じゃないか」のブリッジで音程はずしたよ、フォローが大変そうだなあとか、「僕を信じて」では歌詞忘れて悔しそうにしてるなあとか。

 だが曲が進むにつれて徐々に気持ちはヒートアップ。「待ったこの日」なんて僕の気持ちそのままの曲じゃないですか。
 バンド・メンバーだけで演奏したインスト・ナンバー「少しの間」もよかった。今回のバックバンドはほんとうに素晴らしい。やたらに明るいジェフリーとクールなダリアンを核に、ポール・マーテンスは曲によってサックスやらフルートやらハーモニカやらを持ち替えて大活躍するし、プロビン・グレゴリーもギターの他にフレンチ・ホルンやトランペットまで演奏。スコット・ベネットはキーボードやヴィブラフォン以外に「マーセラ」でハードなギター弾いてたし。マイク・ダミコに替わって今回参加したアンディ・ペイリーおじさんも、ギターにキーボードにパーカッションにとがんばってました。ほんと芸達者なミュージシャンばかりやな。
 
 「ペット・サウンズ」後半では、やっぱりなんといっても「ゴッド・オンリー・ノウズ」。ブライアンがフルで歌うヴァージョン(「ペット・サウンズ・セッションズ」ボックス収録)を初めて聴いたときも感激したが、今回はそれに次ぐ感激。ご本人は「この曲はポール・マッカートニーのフェイヴァリット・ソングなんだ」と紹介していた。この世で最も美しい曲のひとつだと思います、はい。
 哀切な「キャロライン、ノー」の後、アルバムと同じように踏切の音と犬の鳴き声で「ペット・サウンズ」全曲演奏は終わった…。
 「イノセンスの喪失」というテーマを持ったこのアルバムを、ブライアンはどういう気持ちで歌い、演奏していたのだろう?今も「I Just Wasn't Made For These Times」だと思っているのだろうか?

 「Stand Up!」ブライアンはここまで座って聴いていた観客に声をかけ、バンドは「グッド・ヴァイブレーション」に突入。大盛り上がりで第2部は終了。
 いったんブライアンとバンド・メンバーはそでに下がったもののすぐにステージに戻り、アンコールに応えてまずゆったりと「サーファー・ガール」を演奏。その後は「ヘルプ・ミー・ロンダ」、「アイ・ゲット・アラウンド」、「バーバラ・アン」、「サーフィン・USA」そして「ファン・ファン・ファン」と怒濤の演奏を繰り広げる。観客は曲にあわせて大合唱(もちろん僕も)。ああ、ブライアンと一緒に歌える日が来るなんて…。「バーバラ・アン」ではベースを演奏してたよ。これまた大感激。
 
 2回目のアンコールはキーボードのみのバッキングで「ラヴ・アンド・マーシー」。
 「今夜君に必要なものは/愛することといたわること/だから愛といたわりを/君と君の友達に」
 これほどアンコールにふさわしい曲はないでしょう。

 今回のコンサートで感じたのは、これは決して懐メロコンサートなどではなかったということ。
 ブライアン・ウイルソンの音楽は、少しも古びていなかった。2002年の今もじゅうぶんリアルに響いた。これからもずっとそうであってほしいと思う。

 終演後、心地よい興奮に包まれてロビーに出ると、グッズ売場はまたまた長蛇の列。結局プログラムを買うのをあきらめて家路についたのであった。


【演奏曲目】

第1部
01 Brian Wilson 〜 'Til I Die
02 Dance Dance Dance
03 In My Room
04 California Girls
05 The Warmth Of The Sun
06 Your Imagination
07 Forever
08 Sail On, Sailor
09 Add Some Music To Your Day
10 Please Let Me Wonder
11 You're So Good To Me
12 Don't Worry Baby
13 Desert Drive
14 Meant For You 〜 Friends
15 Our Prayer 〜 Heroes & Villains
17 Surf's Up
18 Marcella
19 Do It Again

第2部
01 Wouldn't It Be Nice
02 You Still Believe In Me
03 That's Not Me
04 Don't Talk(Put Your Head On My Shoulder)
05 I'm Waiting For The Day
06 Let's Go Away For Awhile
07 Sloop John B.
08 God Only Knows
09 I Know There's An Answer
10 Here Today
11 I Just Wasn't Made For These Times
12 Pet Sounds
13 Caroline, No
14 Good Vibrations

アンコール
01 Surfer Girl
02 Help Me, Rhonda
03 I Get Around
04 Barbara Ann
05 Surfin' U.S.A.
06 Fun, Fun, Fun
07 Love And Mercy

(参考資料)
下記のHPに、東京から大阪まで全公演の詳細なレポートがあります。参考にさせていただきました。
この情熱にはほんと頭が下がります。↓ 
BRIAN WILSON WE LOVE YOU  〜ブライアン・ウイルソン様御一行追っかけ日記(2002)〜

(2002.03.02)

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