★ うるわしの輸入盤

 中学生のとき、ザ・フーのファンになった。年上の従兄弟がその頃リリースされたばかりの「フー・アー・ユー」を聴かせてくれたのだ。1曲目「ニュー・ソング」のかっこよさにしびれ、あっという間にそのとりこになった。

 好きなアーティストができると全てのレコードを聴きたくなるのが人情というもの。ところが今までに彼らがどんなアルバムを出しているのかがわからない。今ならインターネットで検索すれば簡単に情報を入手できるけれど、そんなものなど影も形もない時代である。

 とりあえずレコード屋に足を運んで「ザ・フー」と書かれたコーナーにあるLPをチェックしてみた。
 しかしそこには最新アルバムのほか数枚のアルバムが置いてあるだけだった。

 これで全部なんだろうか。60年代から活動しているバンドにしては少ないなあ。ビートルズのコーナーにはあんなにたくさんのレコードが置いてあるのに。それともこの店の品揃えが悪いだけなんだろうか。

 そう思って他のレコード屋をいくつかまわってみたものの収穫はなかった。そもそもザ・フーのコーナーすらない店の方が多いのだ。よけいに謎は深まるばかりであった。

 しばらくしてミュージック・ライフ誌が僕の疑問を解いてくれた。毎月1アーティストを対象にディスコグラフィーをジャケット写真付きで紹介するというコーナーにザ・フーが取り上げられたのである。

 そのおかげでやっと僕はザ・フーのアルバム全てを知ることができた。そうか60年代にはこんなアルバムが出ているのか、あ、この「ミーティ・ビーティ・ビッグ・アンド・バウンシー」ってのはシングルが集められているんだ。欲しいなあ。

 しかしそのリストを眺めているうちに気づいた。アルバムタイトルに併記されたレコード番号のところに「日本盤(廃盤)」「日本未発売」などと書いてあるものが多いのだ。特に「トミー」より前のアルバムはほとんどがそうだった。

 あちゃ、どうすればいいんだろう。日本では手に入らないってこと?「フー・アー・ユー」を聴かせてくれた従兄弟に訊いてみると「そりゃ輸入盤をさがすんや」との答えが返ってきた。

 輸入盤…。それは未知の世界だった。レコードといえば町のレコード屋で買えるものがすべてだと思っていたのに、その外側には僕の知らないミステリアスな別の世界が広がっていたのだ。驚きだった。

 しかしどうやってその輸入盤とやらを手に入れたらいいのかわからない。都会には輸入盤ばかりが置いてあるレコード屋が存在すると従兄弟は言っていたけれど、こんな田舎じゃ入手なんて無理だ。そう思うととても悔しい気持ちになった。

 以来「輸入盤」という言葉は、僕にとってはなにか神秘的な意味を持って響くようになった。神話の中の英雄が冒険の末に手に入れる宝物のように。(←ちょっとおおげさ)

 高校生の時だったと思うが、家族旅行で京都に行ったときに、たまたま輸入盤屋を見つけて思わずとびこんだことがある。いつも通っていた町のレコード屋に比べてもずっと小さな店だった。

 でもそこで僕は「マイ・ジェネレーション」と編集盤「マジック・バス」が2枚セットになったアルバムを発見し入手することができた。

 もちろんそれはオリジナル盤などではなく後に再発された廉価盤で、輸入盤だから歌詞カードも解説もないレコードだったけれど、僕には宝物そのものだった。なんといってもザ・フーの伝説的デビューアルバムを聴くことができたんだから。

 叔母がイギリスに旅行するというので、リストを渡してレコードを買ってきてもらったこともあった。たしかキング・クリムゾン「アースバウンド」だったような記憶がある。

 そうやって手に入れた輸入盤のパッケージを開けるとなんだか甘い香りがただよってきた。友達は「これは外国の空気の匂いや」と訳知り顔で言った。そんなわけないやろ、と答えながらも僕も半分は信じていた。そんなところも宝物ぽくて良かったわけだ。(ほんとはインクの匂いらしいです、はい。)

 そういうわけですっかり頭の中に「輸入盤=宝物」「輸入盤屋=宝物殿」という図式ができあがってしまっていた僕は、東京に「タワーレコード」というアメリカの大型レコードショップが開店したという話を聞いて、巨大なビル(「タワー」っていうくらいなんだから)の中にぎっしりと輸入盤が陳列してある光景を想像してひとり興奮していた。実際行ってみたら、当然そんなことはなかったわけだけれども。

 高校卒業後、大学入学のために上京し、学校の帰りに輸入盤屋に寄ることをおぼえた。日本ではとうの昔に廃盤になったアルバムをあさったり、名前を聞いたこともないイギリスのインディー・バンドのアルバムをジャケ買いしたりした。トッド・ラングレンもアズテック・カメラもスミスもザッパもみんな輸入盤で買った。盤質の悪いレコードに時に泣かされたりしながらもやめられず、毎日のように「タワー」や「CISCO」に通っていた。

 それから20年近くがたち、今では大型輸入盤店の種類も数も増え、それどころかネットを使って海外から簡単にCDを購入できるようにもなった。田舎に住んでいたって輸入盤が手にはいるのだ。ありがたいことである。中学時代の僕が見たら興奮して卒倒してしまうだろう。

 しかし今も僕は輸入盤に対して特別な想いを抱き続けている。昔よりずっと身近なものになったにも関わらず。新しい輸入盤屋を見つけると必ず寄って「お宝探し」をしてしまうし。かつて感じていた「神秘性」の残りかすが体の中にまだ残っているのでしょうか。

 それにしても最近、円安のおかげで輸入盤高いよね。がんばれ日本経済。

 (2002/09/04)

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