★ 禁断の×××ソング

 今回はいわゆる「パクリ」について書いてみようかと。ポップ・ミュージックを語る上でこの話題は避けて通れないと個人的には思います。

 「すべての芸術は模倣からはじまる」ともいいますし、いきなり全くオリジナルな表現を作り出す人なんてほとんどいません。誰もが誰かの影響を受けて模倣することからはじめ、徐々に自分だけのオリジナルな作品を作り出してゆくわけです。

 音楽に限っていえば、音階なんてドレミファソラシドしかないわけで、その順列組み合わせで曲というのはできてるんだから、似たメロディー、似た曲ができてくるのは当たり前、なんて極論をおっしゃる方もおられます。

 しかしそうはいっても「あ、これはあまりにも○○に似すぎてるなあ。」と感じる曲が多々あるのも事実。(キッスの「ハードラック・ウーマン」って、ロッド・スチュアートの曲に似てるよなあ、とか。)中にはオリジナルな作品を生み出す志を放棄したとしか思えない安易なパクリもあります。特になぜかポップ・ミュージックの世界ではこれが多い。「芸術」である前にまず「商品」であるということが一因なのかもしれませんが。

 パクリについて僕なりに類型を分けてみると、以下の3パターンになるように思います。
 (1)無意識の剽窃によるパクリ
 (2)オマージュとしてのパクリ
 (3)単なるパクリ
 それぞれについて、例示をしてみましょう。 
 
(1)無意識の剽窃によるパクリ
 意識してパクリをしたわけではないけれど、慣れ親しんだメロディーや、記憶のどこかに残っていたフレーズが、曲を作る際についつい作品の中に入り込んでしまったケースです。

 有名な例としては、ジョージ・ハリスンの名曲「マイ・スウィート・ロード」に絡む盗作疑惑が挙げられます。アメリカのガール・グループ、シフォンズが1963年に歌い全米ナンバーワンになった「ヒーズ・ソー・ファイン」に似ているとして訴えられ、裁判になりました。結果はジョージの敗訴。「意識的な盗作ではないが、潜在意識における盗用である」という判決内容だったと記憶しています。

 それからビートルズ(ジョン・レノン作)「カム・トゥギャザー」の例もそうですね。チャック・ベリー作「ユー・キャント・キャッチ・ミー」に似ているとしてこれまた裁判になりました。結局、ジョンが自分のソロ・アルバム「ロックン・ロール」にチャック・ベリーの曲を収録するということで和解しています。昔からチャック・ベリーの曲をさんざん演奏してきたジョンのこと。身体にしみついたメロディーが本人も意識せぬままにじみ出てしまったんでしょう。

 ジョンといえば、「ジョンとヨーコのバラッド」もジョニー・バーネット・トリオ「ロンサム・ティアーズ・イン・マイ・アイズ」という曲によく似ています。メロディというよりも曲のスタイルが、ですが。「ライヴ!!アット・ザ・BBC」にビートルズ自身によるこの曲のカヴァーが収録されているので、聴き比べてみるといいかもしれません。ギターのフレーズなんてほんとよく似てます。まあ「ジョンとヨーコのバラッド」は当時の状況と心境をニュース速報的に歌った曲なので、無意識というよりも意識的に「ロンサム・ティアーズ」のスタイルを借りたのかもしれませんが。

 ビートルズ以外にも、ドアーズ「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」がキンクス「オール・デイ・アンド・オール・オブ・ザ・ナイト」に似ているとしてもめたケースなども、この無意識の剽窃パターンだと思われます。

(2)オマージュとしてのパクリ
 作者や演奏者に敬意を捧げたうえで、その曲のメロディやスタイルを借りるというケースです。
 
 たとえばナイアガラ・トライアングルVOL.2(大滝詠一、佐野元春、杉真理)による「A面で恋をして」。
 これ、バディ・ホリー「エヴリデイ」のメロディそのまんまです。もともとこの曲「フィル・スペクター・サウンドをバックにバディ・ホリーが歌ったら」というコンセプトに基づいて作られたそうなので、あえてやってるんだと思います。歌い方自体もあの特徴的なヒーカップ唱法をふまえたものですし。大滝氏は昔、ライナーノーツかなにかで「オマージュとパロディとパクリは違います」みたいなことを書いてました。でもやっぱり作曲クレジットにバディー・ホリーの名を加えるべきじゃなかったかという疑問は残りますね…。
 
 他にもシュガー・ベイブの名曲「ダウンタウン」とアイズレー・ブラザース「イフ・ユー・ワー・ゼア」の関係とかはこのパターンのような気がします。それから小西康陽による様々なピチカート・ファイヴ作品についても。

(3)単なるパクリ
 前記(1)や(2)のどちらにもあてはまらないもの。枚挙に暇がないくらいありふれています。
 その中でちょっとおもしろそうなものをピックアップしてみましょう。

  少し前に缶コーヒーのコマーシャルにも使われたディープ・パープル往年の名曲「ブラック・ナイト」('70)。リッチー・ブラックモアが奏でるあの特徴的なリフは、ブルース・マグースというアメリカのバンドがはなったヒット曲「( WE AIN'T GOT ) NOTHIN' YET」('66)のメロディとそっくり。ヴォーカリストが歌う部分をギター・リフとしてパクるというちょっとめずらしいパターンです。元ネタにマイナー目の曲を選んでますし、なかなかの知能犯ですね。
 ちなみにブルース・マグースの曲はアメリカの再発専門レーベル、ライノ・レコードがリリースしている「ナゲッツ」シリーズで聴くことができますので、確認してみたい方はそちらをどうぞ。思わず笑っちゃいますよ。
 
 日本代表としてはこのバンドをはずすわけにはいかんでしょう。70年代後半から80年代前半にかけて「HERO」や「感触(タッチ)」「安奈」などの大ヒット曲を連発し、絶大な人気を誇った博多出身のロックバンド、甲斐バンドです。
 たとえば「きんぽうげ」(個人的に甲斐バンドでいちばん好きな曲…)ではカーリー・サイモン「うつろな愛」をベースに、イントロにはローリング・ストーンズ「ホンキー・トンク・ウイメン」のリフを拝借。あの「HERO」にしたってストーンズ「テル・ミー」に似てると指摘する人もいます。
 
 でもいちばん凄いのは「氷のくちびる」ですね。サビの「♪今夜も氷の唇が僕を奪い〜」というメロディはなんと、あのイーグルスの名曲「ホテル・カリフォルニア」後半に出てくる有名なギターソロのメロディを拝借しているのです。ディープ・パープル「ブラック・ナイト」とは逆のパターンというわけですね。

 また彼らは、洋楽ロックの詞のフレーズを借用するなんてこともやってます。
 たとえば「人生はいつも 路上のカクテル・パーティ」(「HERO」)は、ストーンズ「シャッタード」に出てくる「人生なんて 路上のカクテル・パーティさ」(山本安見 訳)そのまんまですし、「ああ ごらんよ桟橋の上を オーロラが昇ってゆくよ(中略)もう二度とこの若さに会えない 会えないかもしれないから」(「ビューティフル・エネルギー」)も、ブルース・スプリングスティーン「7月4日のアズベリー・パーク」の中の「サンディ、うしろからオーロラが上ってゆくよ あの桟橋の光 永遠のカーニバルの生活 もう二度と会えないかもしれないから 今夜は愛しておくれ」(真崎義博 訳)という部分にそっくり。細かくやってるなあと感心してしまいます。

 そのほか比較的あたらしいところでは、80年代中期の佐野元春。日本人ミュージシャンの中ではきちんとしたオリジナリティを持っているようにみえる彼ですら、スタイル・カウンシル「シャウト・トゥ・ザ・トップ」とそっくりの「ヤングブラッズ」をリリースし、ついにはアルバム「カフェ・ボヘミア」全体をまるでスタイル・カウンシルのアルバムみたいに作り上げてしまいました。
 当時佐野元春の熱心なファンだった僕もさすがにちょっと悲しくなりましたね、これを聴いたときは…。

 彼にしてみれば、スタイル・カウンシルに対する同時代的シンパシーの表明だったのかもしれませんが、残念ながらただの物真似にしか見えませんでした。
 同時代の作品の要素を取り入れるとどうしてもそう見えちゃいますね。レベッカが「ラヴ・イズ・キャッシュ」で「マテリアル・ガール」(マドンナ)をパクったのとどう違うの?ってことになってしまうのです。

 とまあいろいろと勝手なことを書いてきたわけですが、三つの類型といってもかなりあいまいなもので、特に(2)と(3)なんて実際には紙一重のような気もします。
 その曲がなにかのパクリであったからといってすぐさまそのアーティストやその曲が嫌いになってしまうわけでもありませんし、むしろパクリ自体を楽しめてしまうのもポップ・ミュージックならではのおもしろさなのかなという気はします。

 でもまあ、誰かからなにかを借りて曲を作ったならば、クレジットくらいは入れておくべきじゃないでしょうか、ってのが僕の意見です。要するに人の生み出したものを勝手に使って金もうけちゃいかんだろ、ってことです。

 ストーンズなんて「エニバディ・シーン・マイ・ベイビー?」(アルバム「ブリッジズ・トゥ・バビロン」収録)をリリースするときに、k・d・ラングのヒット曲にメロディが似ていることに気づいて、彼女を共作者としてクレジットしましたしね。そういうやり方もあるんじゃないでしょうか。

 (2003/01/25)

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