★ 炎の邦題

 洋楽ロックのアルバムや曲につけられる日本語タイトル。あれはなかなかに味わい深いものである。
 今回は、自分が十代の頃に夢中になっていた60〜70年代のアーティストたちの作品に与えられた邦題について、記憶をたぐってみようと思う。

(1)直訳・意訳型邦題 
 たぶん一番多いのがこれ。英語のタイトルをそのまま訳したもの。
 ただし、そのまま忠実に訳すばかりでは日本語にならない・能がないとばかりに「意訳」「超訳」したものも多々ある。

 例えばあまりに有名なビートルズの「抱きしめたい」。原題は「I Want To Hold Your Hand」で「手を握りたい」なわけだが、それではインパクトが弱いと考えたのか、もっと直接的な「抱きしめたい」という言葉を使っている。

 「抱きしめる」ことが日常ありふれている英米人にとっては「手を握りたい」という方がウィットを感じられてかえって印象的なのかもしれないけれど、日本人にとっては「抱きしめたい」という言葉だったからこそインパクトがあったのだと思う。そういう意味で非常に優れた邦題だ。

 まあ同じビートルズでも「This Boy」に「こいつ」っていう邦題をつけられると、石原裕次郎の曲じゃないんだからとか思ってしまうのだけれども。

 イエスなどのプログレ・バンドになると日本語に訳しにくい文学的なタイトルをつけたりしていて、レコード会社のディレクターも困ったのではないかと思う。でも「Close To The Edge」を「危機」、「Going For The One」を「究極」にしたあたりなかなかのもんである。中学生だった僕は「『一つだけのために進む』のだから『究極』なのかあ」などと勝手に納得していたのであった。

 そんな中、ほんとに究極だと思うのはデヴィッド・ボウイ「ジギー・スターダスト」が最初に日本で発売された時の邦題。
 なんといっても「屈折する星くずの上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群」なんだから。

 原題「The Rise And Fall Of Ziggy Stardust & The Spiders From Mars」は「ジギー・スターダスト&スパイダース・フロム・マースの栄枯盛衰物語」てな意味だろうけど、「ジギー・スターダスト」というキャラクター名を「屈折する星くず」、バックバンドの名前を「火星から来た蜘蛛の群」と直訳してしまっているところがなんともいえず良い。まるでウィリアム・バロウズの作品タイトルみたいだ。

 そのほか、勘違いでつけられた邦題なんてものもあったりする。

 知る人ぞ知る前衛ロックバンド、ヘンリー・カウのアルバム「In Praise Of Learning」。
 これ、担当者が「Learning」を「Leaning」と読み違えて、ほんとは「学問賛美」とでもすべきところに「傾向賛美」という邦題をつけてしまった。でも「傾向賛美」ってタイトルも妙に含蓄がありそうで良いね。

(2)イメージ戦略型邦題
 アーティストのイメージをはっきりさせるために、原題に関係あろうとなかろうとそれっぽい邦題をつけてしまうパターン。

 たとえばディープ・パープルの「紫の肖像」「紫の炎」と言った「紫」シリーズや、スコーピオンズの「恐怖の蠍団」「狂熱の蠍団」といった「蠍」シリーズはよく知られている。クイーンだと「炎のロックンロール」「誘惑のロックンロール」「華麗なるレース」「世界に捧ぐ」とか「華やか&堂々系」の単語を多用していた。

 そしてなんといっても徹底していたのはキッス「地獄」シリーズ。「地獄からの使者」「地獄の叫び」「地獄への接吻」「地獄の狂獣」「地獄の軍団」「地獄のロック・ファイヤー」etc。イメージ戦略としては素晴らしいものがあったと思う。後にはマンネリ・自縄自縛という印象を与えるようになってしまうことになるのだが。

 まあでも、日本デビューする前のアルバムジャケに日本語で「地獄の叫び」と書いてしまったのは自分たちなんだから自業自得なのかも。それにしても「ラヴ・ガン」だけなぜ原題のままだったんだろう。「地獄の銃身」とかにすればよかったのに。

 当時絶頂期にあったアース・ウインド&ファイアは「太陽神」「黙示録」「太陽の化身」といったスピリチュアルな邦題に長岡秀星のハイパーなイラストがあいまって、中学生の僕にはなんだか近寄り難かった。これまたイメージ戦略としては(結果はどうあれ)秀逸だと思うんだけど、「All'n'All」が「太陽神」、「I AM」が「黙示録」になっちゃうのはどうもねえ…。

 ピンク・フロイドはこうした日本の特殊事情を知っていたらしく、「Wish You Were Here」をリリースした時に「あなたがここにいてほしい」というサブタイトルを指定してきたそうだ。確かにそのアルバムにつけられた邦題は「炎」で、しかも「ジャケの男が炎に包まれている」という多分にイイカゲンな理由でつけられたものだったのだから、それを見越していたフロイドは賢かったのかもしれない。

(3)バカ邦題
 これはフランク・ザッパが'83年にリリースしたアルバム「The Man From Utopia」の邦題にとどめを刺す。
 「ハエ・ハエ・カ・カ・カ・ザッパ・パ」…。
 ザッパがハエ叩きを持って群がる虫を追い払っている図のジャケ(イタリアで野外ライヴをやったときに大量の虫に襲われたという事実に基づいているらしい)から、当時有名だった殺虫剤のCMコピー「ハエ・ハエ・カ・カ・カ・キンチョール」を連想してつけたものだろうが、あまりのアホさ加減に思わず「うははは」と声をあげて笑ってしまった。

 82年のアルバム「Ships Arriving Too Late To Save A Drowning Witch(たどり着くのが遅すぎて溺れる魔女を救えなかった船)」の邦題はこれまたジャケデザインから「フランク・ザッパの○△□(まるさんかくしかく)」
 このアルバムは収録曲の邦題もぶっとんでいて「No Not Now」が「いまは納豆はいらない」、「I Come From Nowhere」が「ア、いかん、風呂むせて脳わやや」、「Teen-Age Prostitute」が「娘17売春盛り」という調子。はああ…。

 これ以前のアルバムの邦題は「万物同サイズの法則」とか「虚飾の魅惑」とか「ザッパ”雷舞”イン・ニューヨーク」とかそれなりにまともだったんだから、突然どうしちゃったんだろうって感じ。これもイメージ戦略の一環ではあったんだろうけど…。

 まあでもこれ以降も「You Can't Do That On Stage Anymore」シリーズの1作目に「ユーキャント・ど〜だ・ザット・この凄さ」という題がついたり、「Beat The Boots」シリーズの各タイトルが「雑派大魔人 ニューヨークで憤激」とか「ボストンで立腹」とかになってたり、紙ジャケCDのタスキコピーがダジャレになっていたり、と、この路線は今も受け継がれているようであります。

 しかしいくらでも書けそうですね、このネタは…。いつか80年代アーティスト編もやってみようかな。シンディ・ローパー「ハイスクールはダンステリア」とか印象的なのがたくさんあるし。あの曲、歌詞に「ハイスクール」なんて言葉、ひとことも出てこないんだよね…。もちろん「ダンステリア」って言葉も。

 (2003/08/01)

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