◎ BORN IN THE U.S.A 
 01.ボーン・イン・ザ・U.S.A
 02.カバー・ミー
 03.ダーリントン・カウンティ
 04.ワーキング・オン・ザ・ハイウェイ
 05.ダウンバウンド・トレイン
 06.アイム・オン・ファイア
 07.ノー・サレンダー
 08.ボビー・ジーン
 09.アイム・ゴーイン・ダウン
 10.グローリィ・デイズ
 11.ダンシン・イン・ザ・ダーク
 12.マイ・ホームタウン

★<BORN IN THE U.S.A> ブルース・スプリングスティーン

 '84年にリリースされ、アメリカ国内だけで1200万枚を売り上げたモンスターアルバムである。しかし一般的な評価とは別に、このアルバムをスプリングスティーンの代表作と呼ぶにはどうにも抵抗がある。

 彼は「明日なき暴走」('75)により大ブレイクし、元マネージャーとの訴訟でしばらくごたごたしたものの、「闇に吠える街」('78)、「ザ・リバー」('80)とクオリティの高いアルバムを発表し続けてきた。

 特に「ザ・リバー」は素晴らしかった。ロックンロールのエッセンスを体現する優れたバックバンドとともに、スプリングスティーンは時には熱く、時には楽しげに、そして軽やかに跳ねまわっていた。

 次にリリースされたパーソナルなホームレコーディング・アルバム「ネブラスカ」('82)さえチャート3位に送りこんだ彼は絶好調であったといえる。そんな状況の中、満を持してリリースされたのがこの「BORN IN THE U.S.A」だった。これが売れないわけがない。アメリカでは発売から4日間であっというまに100万枚を売り上げたという。

 日本盤は2週間ほど遅れて発売された。アメリカでの評判に期待をふくらませていた僕はすぐに聴いた。大感動したのを憶えている。そこにあるのは今までのスプリングスティーン・サウンドを極端なまでにパワーアップした音だった。そのときは100点満点のアルバムだと思った。上昇気流に乗ったアーティストだけが持つ勢いと力強さがあったからである。

 しかしほんとうのところ、これは重いアルバムのはずだった。タイトル曲の詞にそれは端的に表現されている。

 「死んだような生気のない町に生まれ/歩き始めるとすぐに蹴とばされた/最後にはたたきのめされた犬のようになり/人生の半分を人目を盗んで生きるようになる/U.S.A.で生まれた/俺はU.S.A.で生まれた」

 彼は苦々しい思いと行き場のないやりきれなさを込めて歌っていた。それゆえにその想いは、アメリカ人ではない僕にも共有できるような気がした。

 そのほかにも当時の米国の不況を背景とした歌詞がめだった。「落ち目の汽車に乗ってる気がしないかい」とか「アイム・ゴーイング・ダウン」とかストレートすぎるくらいに。かつて「第二のボブ・ディラン」として売り出されたほど饒舌でファンタスティックなイメージに満ちあふれた詞を書いていた彼にしてはひどくシンプルな歌詞だった。

 しかしその暗くヘヴィーな内容は、強力な外向きサウンドにうち消されてしまった。字面だけ見れば単純なアメリカ賛歌とも誤解されかねないアルバムタイトルもそれを加速させた。
 そしてアルバムが売れ続けるにつれ、いつのまにかスプリングスティーンは「アメリカ」を代表する英雄にまつりあげられてしまう。

 実際、ロナルド・レーガンが大統領選挙で「ボーン・イン・ザ・U.S.A」を引用して「この曲のように我々もアメリカ人としての誇りをもつべきだ」とかなんとか言っていた憶えがある。どこをどう解釈すればそういうことになるのかわからないが(たぶんレーガンは歌詞を読んだことなどなかったに違いない)、「ストレートな逆説」であったはずのものも1200万もの人が聴けば角がとれて単なる「ストレートな肯定」に成り下がってしまうのかもしれない。

 それはそれで割り切ればよかったのだと思う。たかがロックンロールじゃないか、と。ストーンズがかつていみじくも言ったように。

 しかし彼は自分に向けられた期待や誤解に真正面から取り組もうとした。それは彼の誠実さゆえのことだったのだろう。しかしこれ以降の彼の音楽は、かつてのはつらつとしたスピード感と軽やかさを失い、どんどんつまらなくなっていった。

 そして発売から20年近くが経った今、このアルバムを聴きかえすことはめったにない。あれほど興奮して何度も繰り返し聴いたアルバムなのに。

 聴きかえすのは「明日なき暴走」や「闇に吠える街」や「ザ・リバー」などこれ以前のアルバムばかりだ。のちにリリースされたライヴアルバムも、「BORN IN THE U.S.A」発表以前の演奏しか聴く気がしない。

 曲のせいではないのかもしれない。「学校よりも3分間のレコードから多くのことを学んだ」というフレーズが泣ける「ノー・サレンダー」のような名曲もある。が、今の耳には虚しくひびく大仰な80年代サウンドや、このアルバムにまとわりつく様々な不自由さがどうにも居心地を悪くさせるのだ。

 「BORN IN THE U.S.A」は、スプリングスティーンにとって作らなければならなかったアルバムなのだろう。しかしそれは彼自身にとっても、いちファンである僕にとっても重い足枷になってしまったような気がしてならない。

 今年になってひさびさにニューアルバム「ライジング」がリリースされた。十数年ぶりにEストリートバンドと共演しているのだそうだ。そして今回のアルバムのモチーフになったのはあの同時多発テロだという。今も彼は「アメリカ」に真正面から向かい合っているのだろう。

 しかし積極的に新作を聴く気にはどうにもなれない。そのあまりの誠実さに息苦しさを感じてしまうのだ。偏見かもしれない。でも、ストレートに音楽を楽しむだけではすまない気がしてどうしても腰が引けてしまうのだ…。すまん、ブルース。許せ。

 「かなえられなかった夢はいつわりなのか/それとももっと悪いものなのか?」(「ザ・リバー」)

 (2002/08/11)

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