血の轍 ◎ 血の轍  

(1)ブルーにこんがらかって
(2)運命のひとひねり
(3)きみは大きな存在
(4)愚かな風
(5)おれはさびしくなるよ
(6)朝に会おう
(7)リリー、ローズマリーとハートのジャック
(8)彼女にあったら、よろしくと
(9)嵐からの隠れ場所
(10)雨のバケツ

★<血の轍 (ブラッド・オン・ザ・トラックス) > ボブ・ディラン

 1974年9月、ボブ・ディランはニューヨークのスタジオでレコーディングを行った。のちに「血の轍(ブラッド・オン・ザ・トラックス)」としてリリースされるアルバムのための録音である。
 レコーディングは3日間で終了し、アセテート・ディスクが作られた。ディランはしばらくの間、そのアセテート盤を聞き返しもしなかったという。

 しかし、いざ聞いてみると何かが違うと感じたらしい。12月末、彼は再びスタジオに入る。今度はミネアポリスで。当初のアルバム発売予定日は既に過ぎていた。このとき9月に録音された曲のうち6曲が再録音される。そして、そのうち5曲が最終的に「血の轍」に収録された。

 ディランという人は、アルバムの完成度に関しては無頓着な人らしい。ビートルズがスタジオにこもり、何ヶ月もかけて作品を作り上げていた頃、ディランは数日間でアルバムを録音し、リリースしていた。スタジオでの実験や録音上でのテクニックといったものに彼はまったく興味がないのだろう。

 このことは「ディランを聴け!」の著者中山康樹氏も指摘している。
 「ディランは、アルバムとしてのトータル性、主張、完成度といったものを、ほとんど無視したところに立っている。もちろん、それぞれのアルバムには特有のサウンドがあり、ある種のイメージに貫かれているが、それは、その折々のディランの音楽志向を反映した結果であり、コンセプトやトータル性といったものとは根本的に次元を異にしている。」

 彼にとってアルバムというものは、そのときどきに自分が作った曲を入れる容器に過ぎないのかもしれない。
 そして曲はアルバムに収録されることでその形を固定されてしまうのではなく、あくまでその時点での姿、途中経過にすぎないのであろう。それは彼が過去の曲をコンサートで演奏する際に、大幅にアレンジを変え、ときには歌詞まで変えて演奏することからも推察できる。
 
 そんな彼にとって、既に発表するばかりになっていた曲を再録音したというのは異例のことだったのではないか。

 現在では「バイオグラフ」や「ブートレッグ・シリーズ」といった公式アルバムにおいて、ニューヨークで録音されたオリジナル・テイクを(すべてではないにしろ)聴くことができる。
 そこで聴ける演奏は、リリース・ヴァージョンに比べずっとアコースティックかつ内省的なものだ。単体で見たとき、これはこれで悪くない。しかしリリース・ヴァージョンに比べると、まだ表現方法を手探りしているようにも感じられる。「血の轍」は70年代ディランの代表作と呼べるアルバムであるが、その一因として再録音の効果も大きかったのではないかとさえ思えてくるのだ。

 収録曲にも少しふれておこう。

 「ブルーにこんがらかって」はこのアルバムを代表する曲である。
 誰もがうまくいかないだろうとあやぶんだ相手と結婚をし、そしてその危惧のとおり彼女と別れることになった男の物語。その後、彼は職を変えながら各地を転々とするが、どうしても彼女のことを忘れられない。そしてある日、トップレスバーで働いている彼女と再会する。
 「あとでお客が少なくなったときに/おれは昔のようにふるまおうとした/彼女はおれのイスのうしろに立ち、言った/『あんたの名前、なんだったかしら』」

 「愚かな風」は、攻撃的な歌。つまらない噂を信じる人々に痛罵をあびせる。
 「愚かな風が/あんたが歯を動かすたびに吹いてくる/あんたはばかだよ/息の仕方を知っているだけでも驚きだよ」
 使われなかったニューヨーク・ヴァージョン(「ブートレッグ・シリーズ」収録)は攻撃的というより自分に語りかける感じだ。聴き比べてみるとその違いに驚くだろう。

 総じてこのアルバムには、壊れた人間関係についての歌が多い。「ブルーにこんがらかって」「運命のひとひねり」「きみは大きな存在」「おれはさびしくなるよ」etc,etc。僕がこのアルバムに惹かれる理由の半分はそこにあるような気がする。

 最後にこのアルバムについてのディラン自身のコメントを紹介しておこう。

 「多くの人が、あのアルバムを愛聴していると言う。しかし、私にはその理由がよくわからない。あのアルバムで歌っているような苦しみを多くの人が愛聴するなんて…。」

 う〜ん。だからこそ多くの人が愛聴するのだと思うんだけど…。

 (2002/2/7)

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